こころに森をそだてる -これからの学校のかたち-(2020 年 11 月 26 日) シンポジウム概要

By flab, 2021年6月20日

2020 年 11 月 26 日に大隈講堂で開催した森が学校計画産学共同研究会のシンポジウム「こころに森をそだてる -これからの学校のかたち-」の概要を紹介します。

開会挨拶:早稲田大学教授 古谷誠章先生(森が学校計画産学共同研究会会⻑)

C.W.ニコル氏と早稲田大学で立ち上げた産学共同研究会でございますが、近年の子供たちには、日ごろ自然に触れる機会が非常に少なくなってきています。自然の中に出て、自然 から直接学ぶ、そういう機会をぜひ作りたいということで始まりました。ニコル氏との出会いは、東日本大震災の大きな被害を受けた宮城県東松島市に学校を再生する計画です。森そのものが学校だと考える、その発想を全国津々浦々、森がある地域、ビルしかないような都心、いずれにおいても子供たちが自然に触れる機会を持ちたいと考えました。それぞれの置 かれた立地・環境でどのように森を学ぶことができるか、ということを研究しております。 ニコル氏は、その大いなるリーダーであり、森の中の生活の実践者でもありまして、大変大 きな支柱でございました。あいにく、今年天に召されてしまいましたが、先ほどアファンの皆様とお話をして、ニコル氏は森に帰って、いつも森にいるという気分だと仰っていました。今日はこの会場にニコル氏が一緒にいてくださると考えてこの公開講演会を始めたいと思います。

活動報告
2019 年度森が学校リーダー 江利川 ・E 区立 N 小学校プロポーザル参加

だんだんテラス、ビオトープ既存の樹木活用、地域住⺠とのワークショップ ・環境事業アンケート
・ビオトープ調査

児童の変化、生き物への関心度合、地域の自然環境への行為と相関関係 ・視察

⻑野県黑姫アファンの森、宮城県東松島市、富山県、東京都江東区清水建設東京木工場

2020 年度森が学校リーダー 嶋田 ・E 区立 K 小学校プロポーザル参加

緑のバウンダリー、ビオトープ ・視察

ののあおやま、アファンの森 ・教育建築の事例分析

基調講演1:東京学芸大学名誉教授 小澤紀美子先生 「幼稚園、小学校教育の現場」

今回は事例を通して、子供たちの心に森を育てるということを重点的にお話しします。子 供の時からの神秘さや不思議さに目を見張る感性というのは近代的な教育を施すことによって、欠乏してきているのではないかという思いを持っていました。自然は生きる力の原点となり、遊びが学びの土台となり、それが主体性の育みに繋がっていきます。教えたから学ぶという事ではなく、子供の時期に学ぶという意欲を育てることが大切で、そして主体的に 学ぶことで、なぜこれはこうなっているのかという問いが発生します。教師側に立つと、その人の持っている物を外に引き出す、能力を導き出すということが教育の概念だと考えています。

知識の深さと広さは、知識のシステムを構築するのに必要です。必要な知識は意欲をもって自分自身で見つけ、知識のシステムを自ら構築していかないと世の中の変化には対応できません。私たちは、今持続不可能なライフスタイルに陥っているのではないでしょうか。 だから現実的な社会転換に向かう変容を促す教育、持続可能な社会を目指すことが求められています。もちろん、子供たちの発育にとっては地域・コミュニティというものが大切で、 その再生も求められているところです。

粘り強さや、失敗してもやり直す打たれ強さの中からクリエイティビィティーも育まれます。見えない学力、根っこを育てる教育・学びへ転換していかないといけません。ジェームズ・J・ヘックマンは、社会情動的スキルの育成の大切さを記述しています。目標を達成する意欲、忍耐力が必要です。日本の子供は、学校種が上がることで、自己肯定感が下がっている傾向にあります。一人でできることではなく、他者に褒めれる・信頼される・共感されることで情動が抑制されます。それは認知的スキルの相互作用から生まれます。そのためには、ケアをする立場の大人の適切な足場環境も求められているのではないかと思います。 もう一つ別の視点から見ると、声なき未来世代の声を聞くことです。私たちは体験することを目的化するのではなく、体験を通して生き方を問い直す人間成⻑のきっかけの場とすることが大事です。

学校の事例として5つ紹介します。一つは森のムッレ教室です。人工的に作られた幼稚園と自然の森の中で学んだ子供たちの何が違うのでしょうか。それは健康、運動神経の発達、 集中力がある、ということです。

東京ゆりかご幼稚園は本物に触れること・生きた体験を持つ大切さを教えてくれます。季節を取り入れた5つの自然体験ゾーンがあり、木々の間にネットを張ってよじ登ったり、遊具も豊かな自然です。

小川も同じ広さの小川ではありません。飛び越えられる子もいれば、チャレジが必要な子、ちょっと細いところじゃないと飛べない子など様々です。そこで私が感心したのは子供さんにとってのリスクをハザードとして見つけて常に手を加えてくれる、バスの運転手も兼ねていた方です。手入れをしてくれる人が常にいらっしゃる、これがとても大事なことだと思います。

これは 4 月にオープンした軽井沢の風越学園です。

山の形に似ている屋根を持っています。学校の方が、自分を忘れてあるいは一⻫にやる授業ではないと、仰っていました。子供達と対応しながらやりたいことを育む、それが空間設定と一緒に作られています。図書館が全面にある学校です。

新潟県の聖籠中学校は、森づくりと、NPO 法人「未来のたね」の方々がいるところを見せていただきました。町⺠の方も自由に居られる空間があり、オープンスクールとして森との緩やかな関係を作りながら子供達の育ちをゆっくりと皆で見守っています。

旧藤原町立藤原中学校では、自分の地域を流れる水が飲み水になっていることから、飲み水が綺麗に浄化されるかを様々な植物で実験をしていました。

今は合併していなべ市となっていますが、合併前は地域全体で 5 つの小学校と 1 つの中学校で地域の学びが「屋根のない学校」と表題を得て本にまとめられています。

子供達に自然を通して、遊び心の中にも絵を描けるような地域、社会、学びの場を作っていけたらと思っています。

基調講演2:東京農業大学教授 上原巌先生
「都会の中の人と自然」

本日はコロナ禍の生活による森の変化、都会に住んでいる人たちと緑空間の在り方・作り方についてお話します。

街から人がいなくなり、東京農業大学も学生だけでなく教員も姿を消しました。大学に入構するときは許可と体温チェックも必要になりました。6月のゼミでコロナ禍の生活で不安だったことを聞いてみると、孤立化・進級・試験・就活などが挙げられました。しかしそれが一番ではなく、「運動不足にならないように気をつけた」という意見が圧倒的に多かったです。新入生に課題として、身近な緑に関してレポートを出してもらうと観葉植物やハーブ家庭菜園の写真がとても多くみられました。これが都会に住んでいる方の特徴だと思います。これは世田谷の都立砧公園の写真ですが、コロナの情報があふれていた頃多くの家族連れが見えます。

平日ですが老若男女たくさんの方が訪れています。都内の公園には家族連れが増えて緑に集まるようになりました。これがコロナ禍の特徴だと思います。実は寺社林にも人が増えていました。

ここで一つ命題ですが、森林はよく「癒しの場」と言われます。これについて考えてみたいと思います。例えば自然の父と呼ばれるジョン・ミューアは、森林に行くと大自然は人間の生まれ故郷だということを感じさせると言っています。思想家のラルフ・ワルド・エマーソンは森に入ると地位など都会の価値基準がなくなると言っています。環境問題に取り組んだ小説家ウォーレス・ステグナーは車から眺めているだけでも自然がいいものであると感じさせ、自分がまだ正気であることを再認識できると言っています。

森林に行くとストレスがなくなる、健康になるという研究が行われています。科学的に明らかになっている、とよく言われますが、本当にそうであるのか考えてみたいと思います。コロナ禍で森林公園に行く人は確かに増えました。ここで一人一人の行動をつぶさに観察してみると、人が集まりくつろいでいるのは広場のような空間あるいは林縁、林の淵だということがわかります。実は癒しの場所と言われている森の中に人はいません。都会だけの特徴かもしれませんが。森には虫や蚊がいます。不審者がいるかもしれません。常に安全かと言われればそうではありません。発達段階で考えると野獣から一時的な身を守る場としては確かに使われたと思います。人類は森から公園へ出ていった動物です。森と平原の中間で 暮らしを始め発達させてきたという「マージナルマン仮説」もあります。私もそう考えています。

さらに違う切り口で見ていきます。東京郊外の病院に30年間放置した6ヘクタールの里山があり手入れをすることになりました。病院のすぐ近くまでイノシシが来ます。これが東京の郊外の林の現状です。手付かずだとこのようになってしまいます。癒されるかといえば癒されません。整備後はアファンの森と似ていると思います。このような見通しが良い森こそが癒しの森です。樹木を調べると40種類以上ありました。整備すると林冠があき、林床に様々な木々が生えてくるのです。

日本の保護者からよく聞かれるのは保育、教育効果は本当にあるのかということです。自然欠損障害、元気回復に役に立ちます。また遊びの 5 つの機能(身体的・運動的発達、社会性の発達、情緒安定化、自発性・自主性の獲得、知的能力の発達)が自然森林環境の中では得られやすいです。このことから野外教育は非常に価値があります。森の幼稚園という教育の仕組みがある。元々はデンマークで生まれたもので、自然自体を幼稚園とみなします。雨でも屋外で過ごし、先生だけ傘をさし、子ども達は自分で自分を守ります。これはとてもいい環境だと思います。

再び、都会に戻って考えます。私のゼミでは世田谷の街路の樹木の観察を積極的に行っています。都会の身近な緑の楽しみ方として、何かを発見する・身近な緑地を訪ねる・1 万歩を目安にし、最低 20 分の自分のお気に入りのコースを作るなどはいかがでしょうか。例えば足元にある緑を観察することも良いです。都会は鳥によって種子散布が行われるためエノキやムクノキが多くあります。ヤマグワは鳥散布で葉の形も変化します。

環境に適応する力を持っているのです。木漏れ日の研究では林冠をコントロールしスポットライト的に調整することもできます。

間伐による木漏れ日のコントロールを行と樹木のシルエットも綺麗です。 身近な緑のメリットとしては、
 1:身近にあること(公共交通機関を使わずともアクセスできる) 
2:対人距離を取れること 
3:自宅以外のもう一つの安全な場所となること(コロナ禍だけでなく地震などの避難場としても)
などが挙げられます。身近な緑地にお気に入りの場所を作ることをお勧めします。気分がモヤモヤとした時には公園のベンチに座って心をリセットするような場所になります。身近な緑がコロナ禍での生活でより重要になっていくのではないでしょうか。転地効果を生み、日常空間ではない場所に行くことができます。

パネルディスカッション:古谷誠章先生、小澤紀美子先生、上原巌先生、野口理沙子氏(一般財団法人 C.W.ニコル・アファンの森財団)

古谷:まずはアファンの森財団を代表して、野口さんからアファンの森の活動含め、話をして頂きます。

野口:今年 4 月にアファンの森財団創設者である C.W.ニコルが亡くなり私たちも動揺しているところではありますが、言葉、映像、音楽など彼が残してくれたものは本当に多くあります。そして何よりもアファンの森が彼の残した最大のものです。森で本当に生きているという気がします。この写真は 34 年前のアファンの森です。

ニコルは日本の自然が大好きで、美しい森を取り戻すために活動を行ってきました。かつては鬱蒼として真っ暗で鳥も飛べない、人も入ろうとしない森でした。里山として人が利用していましたが、高度経済成⻑期に入り、森に入らなくなってしまいました。一度人が手を入れた森は人が手をつけなくなると荒廃していきます。人が入って気持ち良くない森は他の動物も棲みづらいということです。ニコルは荒廃した森を買い取り34年かけて整備を行って、現在のような姿となっています。

⻑野県の絶滅危惧種と呼ばれる動植物が 60 種、アファンの森に棲んでいます。100年先 を見越した森づくりです。

ニコルや私たちは 100 年後の森を見ることができません。だから今の子供達に「100 年後も森を守っていくことが大切だ」と思ってもらうことが重要です。そのような子供たちを育てるプロジェクトを始めました。アファンの森は多くの人を呼べるほどは大きくないので、本当に自然が必要な子供達(虐待を受けた、心に傷を負った)を招き、森の癒しのプログラムを提供しました。その後、東日本大震災被災地の宮城や福島の子供たちを招くなど、1000 人近くの子供達に森を感じてもらいました。単なるプログラムを設けるのではなく、子供たち自身が何をしたいのかを考えて活動してもらい、大人は森の中に子供達を誘うだけにし ました。トンボやカエルが子供に刺激を与えてくれ、子供たちは次第に活発になっていきます。森の中の生き物たちは、森の中で何らかの役割を担っています。あなたも地球上に生まれてきたのだから何かの役割を担っていると、言葉ではなく自然が教えてくれているのです。私たちは、そのような森の力を常に感じながら活動をしています。

宮城県の東松島で被災した子供たちを森に招くと、東松島の市役所の方から「今の東松島は昔のアファンの森のような幽霊森の状態です。35 年かけて手入れをすれば変われる。これこそ未来です。ぜひ、東松島にアファンの森をつくって欲しい。小学校の再建として、森と一体になった小学校を作りたい。」と言っていただきました。そこから始まったのが東松島市の森の学校づくりです。笹がぐちゃぐちゃに生えた森でしたが、地域の人や地域の子供達と一緒に手入れを始めました。今は、春になるとカタクリが満開になる綺麗な森です。早稲田大学の皆さんに協力していただき、森の教室をつくり、そこで授業をしています。ニコルが譲らなかった、完全木造の宮野森小学校が完成しました。

復興の森にはツリーハウスがあり、森の中でも授業をしています。

この小学校の子ども達は、自尊感情が 70%から 96%にアップしました。自然の中で活動することで、自己肯定感を高めることができるという結果があります。このような活動を日本中に広まることを望んで活動をしています。

古谷:ありがとうございました。先ほど、上原先生のお話で「人は森の中に居場所を作る」とありました。東松島での活動はまさにそのような体験で、子供たちのためにつくっていましたが、まるで自分たちの居場所をつくっているようでした。自尊感情や自己肯定の話がありましたが、小澤先生は何か思われたことはありますか。

小澤:森は一人では入れませんが、協力することで入っていけるところに意味があると思います。自然の凄さや恐ろしさを知っている者たちは、今回のコロナ禍やこれから先に訪れるかもしれないものに対して、どうしたら強く対応できるのかを考えられます。人間としてではなく、同じ生き物として対応していくことが重要なのではないでしょうか。森の持つ、凝り固まっていたものが溶けていく安心感は効率化が重要視されている日本の社会に必要なのではないでしょうか。緩やかで豊かな対話が、大人と子供間で取り戻されていくことが重要であると思っています。

古谷:上原先生の話でも、外に出て自分の居心地のいい場所を見つけてこうと仰っていましたが、小学生に呼びかけるとしたらどのような課題があったらいいのでしょうか。

上原:小学生の頃はまだ型にはまっていないので、空想ができます。あそこの洞窟にはドラゴンがいるのではないか、といった空想が広げられるような場所を身近で見つけて欲しいと思います。創造性が許される人間関係があるといいと思います。東松島の小学校は木目がたくさんあります。その木目に人の顔が見えるなど、題材はシンプルでいいと考えています。感情の居場所や表現する場所が重要です。

古谷:自分にとっての居心地の良い場所を見つけるには様々な空間が必要になります。その意味で森はうってつけの場所です。建築の中に不揃いの場所を作りたいと考えています。森の中で自分なりのテーブルや腰掛けを見つけるような感覚を建築の中でも再現したいと考えています。

上原:何歳までに自然体験をするとすんなり自然が入ってくることができるのでしょうか。

小澤:子供は身近なものに興味を持ち、興味のあるものを身近に引き寄せるとわかります。なので、幼児期から 10 歳までに体験を積んでおくことが重要です。ある程度、小さな怪我をさせながら大きな怪我をしないように育てることが必要です。危険なことを経験していないとだめだと思います。

古谷:様々なお子さんを迎えるプロジェクトがあり、危険が伴っていると思うが、アファンではどのように対応しているのでしょうか。

野口:基本は、なんでもやらせます。子供に自然の中に入るための作法を教えるべき、というのがニコルの教えです。盲学校でも安全面のサポートはした上で木登りは教えるし、ナイトハイクも明かりをつけないで水路沿いを自分の感覚だけで行きます。子供の持っているDNA を森の中でどう目覚めさせるかが重要です。

宮野森小学校は校庭から崖の上まですぐ上がれてしまう環境で、計画当初は事故やけがを心配して反対の声もありました。ニコルが責任を取ると腹をくくって実現しましたが、完成後は先生たちが誰よりも子供たちを信頼していました。大人の腹のくくり具合だと思っています。

古谷:上原先生、話は変わりますがコロナの前と後で公園の人が増えたと仰っていましたが、コロナで森との接し方、屋外での活動がどう変わっていくのでしょうか。

上原:緑の中では気持ちよく楽しみながら距離が取れます。屋外の緑は自宅以外のセーフサイトとして重要になってきます。公園だけでなく神社など、これまで顧みられなかった都会の片隅の緑にスポットが当たるのではないでしょうか。

古谷:まずは身近に歩いて行ける場所にそういう空間があるのが大事です。遊歩道みたいなのは整備されているが、それらは果たしてそこまでの自然たり得るのでしょうか。

上原:自然に詳しい人や何気ないところに自然を見出せる人がいれば何の変哲もない公園なども雰囲気が変わってくると思います。

古谷:コロナで小学校教育などは変化しているのでしょうか。

小澤:子供たちの声を聴かず、いきなり小学校を休みにしたうえに、先生がすべて背負わなければいけなくなりました。先生のサポートをしてこそ子供たちと向き合えます。全部学校に任せて財政だけ負担するのは良くありませんし、オンライン授業をするにしても、日本の貧困などにも目を向けないといけません。

古谷:コロナで小学校を小中高一貫などにする流れがあったが、小・中・高校生が一緒にいることに意味があると思いますがいかがでしょうか。

小澤:意味があると思います。六年制教育だとすべて担任の先生が担うことになります。小学校4年生までは様々な分野に詳しい探究心をサポートする先生が必要で、5年生からは科学的な専門的な思考をサポートする先生が必要です。また異学年交流が生まれます。

古谷:まさにそういった舞台として森の学校はいいと思います。

野口:あらゆる生命との共生を考える必要があり、コロナだからこそ密閉した教室ではなく森の学校、自然の中で自然教育をする必要があると思います。

上原:森自体が言葉を発せず、無言で受け入れるということが非常に意味を持っているのではないかと思います。

小澤:子供自身だけでなく、親も自然を体感することができない親も増えています。ぜひ森に出かけてもらって、子供と一緒に楽しんでもらえばと思います。

古谷:まめに換気するということが風を感じて体をセンサーにするという意味があるとコロナになって改めて思いました。外でできることをもう一度取り戻したいです。ニコルしも生前触れていたが、今の日本は森が減ってきています。今こそ森を取り戻していくターニングポイントにするべきではないでしょうか。

質疑 Q:自然との触れ合いとリスクの管理について環境教育的な視点から伺いたい。

小澤:イギリスやオランダの研究では子供たちが適度に怪我をすることが重要と結論付けられています。ある程度の年齢になると恐怖を抱きますが、子供のうちは自分にできる範囲を考えチャレンジします。危険を察知する能力を養うために、親も一緒に自然を体験し、触って感じてみることが重要です。

Q:非接触が重視されている。土にふれる、泥んこになることは大切だと思うが、避けられるべきなのだろうか。

古谷:人が木に、水に、土に手で触るということは最大の情報収集で、危険を知ることができます。触った後は手を洗って身を守ればいいのです。子供たちも、その親たちも森や自然と遠ざかって育ってきた時代だが、「こころに森を育てる」ということが大切で、日本全国の森を復興していくための折り返し地点にしていきたいと考えています。

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